diary dec 2016

謹啓 年末の候 益々ご清祥のことととお慶び申し上げます
そして今年も一年ありがとうございました。

こちらの場を借りて久々日記まがいなことをこの一年を振り返り綴らせていただこうかと思います。
一か月に一度ペースでまた綴っていきたいなと思っております。

今年もいよいよあとわずかとなってまいりました。
この一年を振り返ると駅伝をみた記憶からあまり覚えていませんが
勉強の記憶が占める一年でございました。
初夏を過ぎた頃からか
夜中の2時までほぼ毎日せっせと勉強に励み
やっと良い結果をこの晩秋 出すに至り苦しみからやっと解放されたところです。
その間お誘いやら難しいお話などは一切お断りしていました。
心がかき乱されると勉強に身が入らないので。。。
こんな苦しい思いをまた一年するのだけは避けたい!絶対に避けたい!
と意地でもなんとかしてやる、と睡眠不足且半ノイローゼ?でおりまして
周りの人々、特に愛猫さん(ナラ)には大変な迷惑をお掛けした次第でございます。
なぜなら私の猫(メス約10歳 体重本当は非公開ですが年末なので特別公開!約6.5kg)はAM1:30に寝る大変に夜型な猫でしたが、
年を重ね、最近では早寝遅起きとなりAM12:30頃には私のベッドで寝ているのです。
ところが私がAM2時まで起きているから、猫睡眠に電気の灯りが邪魔らしく猫目を猫手で覆い隠し寝ていた毎日でした。
しかも同室の人間の方が難問とプレッシャーから「ふー」とか「はぁー」時に「えぇー?」とか
大小のため息や教科書をバサバサリめくるとかするものですから
猫の堪忍袋の緒が切れかけていまして、まるで寝起きが悪い赤子を起こしてしまったかのような猫面持ちで
毎晩おりましたものです。
しかしながらこんな人やら何やらに迷惑かけていた私でも朗報(来年は同じ勉強しなくてもよい)
を受け取るに至り、迷惑を掛けた人物に一報謝りの電話を
入れるなどしておりました。
(猫には「チュールチュール♪」とCMしているおやつ?を差し入れ!!)
今年はそれが一番大きな出来事でした。良い結果を出せたことは非常にそれはうれしかったです。
努力が報われること!
人生努力しても報われないことも多々ありますことは
十分この年齢までおればわかってきたところ。
そしてまた新たに挑戦をしていきたいと、、どうなるかわかりませんが勉強をはじめたところです。

そして私には図書館で勉強するのはすこぶる合っていないということもわかりました。
そして自宅近所の学生の出す騒音との闘い・・・(今回悪いことが善に転ずるということも経験したわけでございまして、、、)
試験当日に信じられないことですが試験場近くのグラウンドで高校生の野球部青年の
掛け声!
うるさい!
めちゃくちゃうるさ・・・すぎる!!だろ!!!!
こんな日にわざわざ!。。。イライラを通り越、呆れつつ、青春の時のエネルギーのすさまじさに思い馳せている場合でもなく。。。。
しかし私は慣れていたので 〇の河童。
私は良くとも他の受験者は大丈夫だろうか。。皆集中しておるだろうか・・・?
合格率悪くなるよ、ここの試験会場だけ、いいのかそれで?と一人思ったりしました。
なんともフェアな戦いでなくなっている気がしたので
来年の受験者の為に一報いれるべきか迷いましたがクレーマーかと思われるのも嫌なのでやめました。

あと今年は久々の旅行が大当たり!
去年は北海道と台湾へ単身渡り色々経験
してまいりました。
すごく一人旅は気持ちがよく、無茶苦茶強行スケジュールを組み挑む楽しさは私には
性に合っているようです。一人ご飯も朝飯前で。
小樽で眺めた景色は心の中に大切にしまっております。
小樽は第二の故郷と想っています。私の父方のおじいさんが小樽で鰊漁で網元をして船を持っておりましたので
南小樽のお墓参り兼ねていました。
小樽の、のとさんぽ はほぼ食べ歩きでした。おいしそうなプリンやさんで購入し公園で一人で食べたり
小さな教会で休ませてもらったり、
水族館へ行き、母が以前訪れた際に猛プッシュだったトド?の雄叫びを聴いたり、鰊御殿で昔の漁師と同じ風景を眺めてみたり、
観光スポットの運河を暗くなるまでずーっと待って眺めていたり
夜は一人寿司屋通りのうちの一軒の暖簾をくぐりフィナーレを迎えました。
朝6時から夜9時までほぼ歩きっぱなしでした。
最高の旅でした。
札幌でも札幌ビア工場でできたてのビールを飲んだり夜のすすきのに足を延ばしたり、市場見学して近くで雲丹丼を食べたり
大満喫していました。
とにかくたのしかったです。
すすきのは歓楽街でびっくりしましたがらーめん横丁が気に入りました。
台湾は屋台では中国語を話せないので前の人と同じやつをくださいか屋台のおじさんに出てきてもらいメニューを指さしで
意外とレベル高かった。
一人で参加した短時間ツアーでも製薬会社の団体さんにお仲間にいれてもらい一緒に乾杯したりショッピングしたり
さみしいこともありませんでしたw

先日は島根県の津和野です。
行きたかったので夢がかないました。
出雲大社も行きました。
津和野は想像以上に素敵な場所で驚きつつ、心からまた行きたいです。
何がよいのか?と言われると困るのですが、なんだろう懐かしくて癒されるという感覚です。
私の父母の新婚旅行は津和野と聞いておりました、
津和野藩に深い縁ある方のご縁もあり今回行ったのでした。
津和野城跡(スリランカシギリヤロックを彷彿とさせる、いやそれ以上!)、太鼓谷稲荷神社(日本5?大稲荷、京都伏見稲荷の様な感じ)、出雲大社、出雲で食べたお蕎麦(そば好きとしてはやみつきになりました)、鮎(鮎は長良川の鮎で開眼しましたが津和野もまた名産)、
城下町(風情あるとはこういうこと)、人がいなくて汚されていない神聖な空気(島根は確か日本一過疎化していた県だったような、、良い意味でです)、
川の流れ(川が数本流れSL機関車がが土日音を立て走ったり素晴らしい眺めです)、可愛くて大きな太っちょ鯉(鯉って本当に可愛いですね)、地米(すごく美味!お正月用に購入)、地酒(西の日本酒は甘くて飲みやすい!)
すべてが最高でした。
私にとっては神秘的でとても癒された旅となりました。夢をみているかのような。あぁまた来よう。。と。
萩が近いせいかで津和野には和菓子屋さんが沢山ありました。
その「源氏巻」という津和野の銘菓はとりわけおいしかったです。
萩の焼き物は濃茶にも使えるそう?、だからお茶をたててくれる機会が数度あったし和菓子屋さんが多いのも納得です。
そういえば数年前に千利休にはまり憧れの人だったことがあったなー。
お茶の世界とは日本人の心の原点を彷彿させる優しく凛とした世界観ではないかと、あこがれています。
禅の言葉を1つ書くでも、お茶のお家元さんの書く字を拝見したことがありますが精神性や迫力はすごいものがありました。

今年は
音楽はあまり当たりはありませんでした。久々邦楽でサチモスというバンドのCD買ったけど全く聞いていません。

映画は結構な当たりが多く、試験があったので禁欲生活していてあまりたくさん観れませんでしたが、
一押しは「アンナとアントワーヌ」という「男と女」の監督の作品。
インドへ旅行したかのような映像美、大人の恋愛映画。大好きなエルザジルベルスタイン、憧れの女優が出演していたので
観にいきましたが、久しく見ると年と反比例して更に美しくなっていました。さすがフランス女性。
私にとって本当にかわいく綺麗な女優さんです。
男性はアカデミー賞とった「アーティスト」の主演の人。
インドもいつか行ってみたいです。スピリチュアルとカオスの世界なのかな。

あとは「PK」という映画。これはおすすめです。
インド映画ですが「ムトゥ踊る・・」みたいなインド臭ムンムンでなく
可愛い映画ですが、インド映画ですからエンターテイメント盛りだくさんです。
怖がらずみれるインド映画ですし、深い話でもあり、久々笑った映画でした。映画館で笑うの初かも。

あと君の名はとかこの世界の片隅にとかアニメも見ました。
一番最近観たのは「ブルーにうまれついて」というチェットベイカーの映画です。
個人的にはチェットベイカーが好きなのでキャストに違和感を抱きつつ観にいきましたが
やはり違和感。イーサンホークがチェットベイカー!とは!
あの声をイーサンホークは出せないでしょう。
昔エキセントリックで多感なあの頃ブルーでさみしい時によくチェットベイカーを聴いていたけれど、最近ブルーにもならない
鈍感力(たくましさ?ずうずうしさ?)が根付いてきたので聴いてなかったので
また不朽の名作「CHET BAKER SINGS」とマイルスデイヴィスを聴き比べごっこしてます。
薬漬けのジャズ界。。薬って怖いです。依存せず精神的に強くなりましょう。
最近の発見は縁切り。
弱い自分と縁切りをすることが大事なのだと自覚しました。
そうすると実は依存していたりする悪い習慣なんかまでも
クリアーに整うということ。
まずは自分。自分の弱さから、自律していない弱い依存心から トラブルや悩みはくるのかもしれないなと
心改めて来年はそれを意識しながら日々重ねたいと思いました。

あとは実家で新しい家族を迎えたこと。
実家のBEBEという永遠のマドンナが14歳半で私の腕の中で息をひきとりました。最期看取れてよかった。私の犬でした。
で、里親として黒猫の親子二匹がきてくれたこと。
うちに来てくれた子達にはみんなきてくれてありがとうなのです。
その猫さん達ははじめ里親の会にいて3匹を40代の一人暮らしの男性へ譲渡されたのですが、
その男性が3年後に亡くなられ、また戻ってきた子達のうち二匹です。
首輪の鈴にその男性が猫用に神社の?お守りを入れてあげて可愛がっていたみたいです。
お母さんと息子です。
すごく利口な猫で助かってます。
とにかく可愛くて私もちょくちょく帰っては可愛がって遊んでます。猫カフェ状態。

あとは保護したさび柄の名前 山葵 という猫ちゃんが我が家に今います。
野良だったのですが、私とご縁あって家猫として迎えることになりました。
触れない猫ですが少しづつ距離を縮め中。捕獲機で捕獲し無事避妊手術も終了しましたが
発症するかわからないけどハンディキャップが検査でわかったので家でいるエリアを限定して飼ってます。
お外にいると寒い日や雪の日いつもいつも心配だったので
今は側にいるのですごく安心でほッとしています。頭がよく賢い猫。免疫力を上げるお食事とストレスないように暮らしてます。
今3歳くらいかな。ユリ椅子の上のクッションの上が定位置。日向ぼっこもできるし外も見れて快適なご様子。たまにお外が恋しいご様子。
たぶん今の生活が段々気に入ってきていると思われる山葵です。

そして11月末には個人的に大きな出来事が。
小さいころから慣れ親しんだ熱海にある祖母の所有しているマンション一室を手放したので
そこにあった家具を捨てるというので頂きました。思い出として。
2トントラック借りて、熱海の伊豆山からわざわざ東京へ運びました。恐ろしく大変な作業でありましたが。
なので我が家の家具が一気に増えました。
頂いてきた暖簾やらお皿やらソファやらボードやら、、小さいころから慣れ親しんでいた品々。
全く傷んでおらず、不思議。

家具って、
すごい存在感なのです、歴史を刻んでいるので大事に大事にしていきたいです。
私が小さいころから在る物。強いご縁かなと。
しかも実家にある私の父親が私が産まれる前から使っていた家具も我が家に来たので家具はすべてそろいました。
それは北海道民芸家具という素敵な家具です。
河合寛次郎などを発掘した民芸運動家の祖・柳宗悦が中心になって展開した「民芸運動」から派生した松本民芸家具、
この職人魂を引き継ぎ更に地元の優越な素材と出合い北海道民芸家具は誕生しました。
柳宗悦が提唱した「用の美」を伴う民芸家具は大正ロマンをどこか感じさせるとても落ち着いたノスタルジックな大人の雰囲気。
1つあると部屋の雰囲気も宮沢賢治の世界のようにガラリとかわります。
熱海から来た家具は広島にある浜本工芸という職人さんの家具。
何年経ても変わらない美しい家具達を引き継げて嬉しく思いつつ大事に使わせていただきたいと思っています。。

津和野城跡

教会
鷺舞
鳥居沢山
石見銀山の洒落たカフェで。素敵なカフェで雑貨や洋服も併設!夢をみているかのような空間でした。
しかしながら石見銀山の名所をみていると、なんだかやるせなくなりなんか悲しく虚しくその場を離れたくなる。。。
後から知ったけれど、慰霊碑的なもので、銀山発掘におっける過酷な労働での事故などで亡くなられた方が多数いるそうです。
ここはまだましな労働環境だったそうですが、今の現代においてはやはり過酷な労働であったであろう。。。
時代は進化して技術の恩恵にあやかっております。
出雲大社

出雲近くの海沿いにこんなものが


伊豆山からの眺め もう同じ眺めはみることはできないのでしょう・・ね。
この眺めが好きでした・
さよなら。ありがとう。お世話になりました。

左 てん(空気を非常によむ素晴らしいねこさんです)
右 山葵(冬毛ではちきれんばかり、パンパン、マックス状態です)
北海道民芸家具(ホクミン)とだらしがない家で産まれたと噂の猫(ナラチ)
山葵隠れる。。。とりあえず隠れる
取って喰いやしないよ、と言っているのですが
どうも信じてくれない。。。いや、あながち野生の勘は当たっているのかもしれないです。警戒して正解。
いつになったら触れるのだろうか?いや、触れなくてもいいんです、いてくれるだけで結構なので。